ピアニスト望月衛介のe-message

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2010年 03月 14日

満100歳!

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きょうは、父方の祖母、千鶴(ちづ)おばあちゃまの満100歳の誕生会でした。

集まった親戚は40名。

ほとんどの息子兄弟、従兄弟、その家族が集まりました。
(総勢50数名)


(ちょっと離れた鶴巻温泉病院というところにいるので)
ひさしぶりにおばあちゃまに会いましたが元気そう。

といっても
耳も遠いし、視力も悪いし、車椅子だし、もうおしゃべりもできません。


でもかねてから「100まで生きる!」と公言していただけあって
その約束を果たし、なんだかうれしそうでした。



100歳になると、総理大臣(麻生さんでしたが。)やら、都知事やら、区やらいろんなところから
お祝いが届くようです。


(100歳以上は)いまや4万人ぐらいいるそうで、めずらしくないでしょう。



病院の多目的ホールを借りて誕生会をやったのですが
小一時間、おばあちゃまとの撮影会などをやって
あとは親戚だけでお食事と近況報告会でした。


そのなかでおばあちゃまとの思い出をそれぞれが話しました。

僕は
おばあちゃまの家に住んでいたこともあるので
いろいろな思い出があるんだけど
歩くのが速かった思い出を話しました。


これがね、驚異的だったんだ。

当時、僕が中学高校生だったんだけど
彼女は75~80歳ぐらい。


僕も中高バスケ部だったから
そうとう歩くの速かったけど
それよりも速いんだから。(笑)


そんなスーパーおばあちゃまは
小学校の先生でした。

定年まで勤めたと思います。


いまでこそ共働きなんてあたりまえですが
5人の息子を育て
5人とも立派な大学を卒業させるのって
単純に大変だと思います。


人の嫌がることを
すすんでやる人でした。

先生のキャリア最後は
障害児のいる特別学級を受け持っていました。


教員を卒業したあとも
いつも忙しそうにしていました。


そりゃそうでしょう。
○油絵
○詩吟
○俳句
○ハーモニカ

ずっと、続けてました。

たしか90歳近くまでやってたんじゃないかなあ。
どれも本気でした。

油絵なんか個展を何度もやってました。



そんなスーパーおばあちゃまです。

会の終わりに長男の叔父がいってました。
「ここにいるみんながそのDNAを持っているんだよ」


そうかもしれない。


望月一族は基本的に健康だ。
これはすごい財産だと思う。


そして
僕は何を受け継いだか。


絵画?
いろいろやりたがるとこ?
頑固さ?
あきらめないところ?




いや、密かに胸のうちに
思うことがある。





つぎ集まれるのは
いつだろうか。



105歳か、それ以外か。






千鶴おばあちゃま100歳、誕生日おめでとう!
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by eisukem | 2010-03-14 21:43 | その他


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