2005年 04月 17日

偽善という名のもとに〜後編。

1995年1月17日。

世の中は大変なことになっていた。
阪神大震災である。

とても大きな被害があったのは
承知の通りだが
僕の知人で多きな被害を受けた人はいなかった。

広がる被害にマスメディアは
刻々とその状況を報道していた。

そんな中、僕は仕事に
忙殺されていた。

大阪の知人の無事が確認できると
それ以上の大きな関心は薄く
報道は情報として
頭の中を流れるだけだった。


地震発生から
1、2週間ぐらいたったときだろうか。

彼女と電話で話をしていたときに
震災の話題になった。

彼女はくったくなく
僕に問いかけた。
「ねえ、義援金した?」

「ううん。したの?」

「したよ〜」

「いくら?」

「一万円。」

「一万円! そんなに?」

「だってかわいそうじゃない。」


僕はある種の衝撃を受けた。

彼女は年上で働いていたが
収入は僕のほうがあっただろう。

彼女には特に被災している親戚などもいない。
理由は「かわいそう。」
彼女の言葉からするとそれだけだった。


それまで僕は寄付など
ほとんどしたことなかった。

体育会系なので
後輩におごることはしょっちゅうだったが
寄付という発想はうまれてこなかった。


「へえ、銀行で。」

「うん。振込は無料だよ。」

「そっかあ。。。」

僕は動揺していた。

と同時に僕は仕事が忙しかったんだと
自分自身に言い訳しようとしていた。


たとえば誰かに幸せを与えられる人というのは
幸せに満ち溢れている人なのだろうか。

これはある意味正しいのかもしれない。
今日の生活にも困る人であるならば
人のことをかまう余裕などないかもしれない。

しかし、自分はどうだ。

人並み、もしくはそれ以上に
恵まれた人生を歩んでいるのに
あまりにちっぽけすぎないか。


その彼女にはいろいろなことを教わった。
「愛」「やさしさ」「おもいやり」…。

人としての基本かもしれない。


次の日、僕はさくら銀行にいって
一万円を振り込んだ。

少し楽になった。

そしてここからはじまった。
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by eisukem | 2005-04-17 23:30 | オピニオン


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